Diary...日記、っぽいもの
何となくホーカイ寸前。
- 01/08/1996
お馬鹿な話強化週間は、つらかった。ねらってギャグを書けるセンスもないくせに、
無理に書くのはよくないっすね。というわけで、元に戻します。
あるホームページのゲストブックを見ていたら、Shiomi Keikoという人の書き込みが
あった。へ!? 私こんなところに書き込んだ覚えないよ、と一瞬考えたが、何のこと
はない、同姓同名の人である。私は本名が姓も名もわりとめずらしいものなので、生
まれてこのかた自分と同姓同名という人に会ったことがない。それどころか、家族以
外で自分と同じ姓の人を知らないのだ。何しろ親戚も姓は違う(うちの姓の元である
祖父の系とつきあいがないため)。だから、自分と同じ名前の人を見たときに「おや
同姓同名の人だ」というごくあたりまえの発想ができずに、妙にあせってしまうのだ
った。やれやれ。
- 04/08/1996
そういえば、せっかくLinkページに上越市立水族博物館を加えたのに、ピラルクと水
族館について語るのを忘れていた。
ピラルク。多分、大多数の方にとってはなじみのない魚だと思う。水族館において大
抵同じ水槽に放り込まれているところのレッドテールキャットやアロワナなどが鑑賞
魚の専門誌あたりでよく扱われ、かつショップでも簡単に手に入るのにくらべ、ピラ
ルクは水族館にでも行かなければめったにお目にかかれない。さらに、ごくたまに売
っていても、水族館で見るピラルクとの差があまりにもはげしいので、それらを同一
の魚として結び付けることができる人はあまりいないのではないか。だいたい、どれ
ほど商売熱心な店員であっても、ピラルクを客に薦めるのは勇気がいる。
ごちゃごちゃ書いたが、早い話が、ピラルクというのは大きいのだ。最大5mにもなる。
淡水魚としては最大級だ。アロワナなどはせいぜい1m、このあたりが一般家庭で飼え
るサイズとしては限界になるだろう。ショップで売っているのはせいぜい20cm程度の
稚魚。深緑1色の、間のぬけた感じの体色をしている。これが1mを越すくらいに成長
すると、体の下半分に見事なオレンジ色の斑紋が入るのだ。ピラルクとは現地の言葉
で「赤い魚」、そう呼ばれる由縁である。この頃になるとゆったりと泳ぐ姿(そりゃ
ま、このガタイですばやく動くことは不可能だ)に、ある種の威厳と威圧感が出てく
る。風雪に堪えてきた遺跡を見たときの感動に近い。
ま、とりあえず写真でも見てきてください。あまりいい写真じゃないのが残念だけど。
というわけで、この項明日に続く。
- 05/08/1996
そらーもう死にそうに忙しい。どれほどゴーカイに壊れているかというと、24時間で
煙草40本というのが物語っている。すでに3箱目に突入。朝までにはきっとこれも空い
てしまうのだろう。いつもはまったく吸わないんだよ。通常、忙しいと歯止めなく食
べるので不健康であると反省し、口さびしさをまぎらわせるために煙草を吸っている
のだった。普通逆だ:-)
さて、続くと書いてしまったからには続きを書かなければならない。
私が魚を、それも何だかちっともきれいではない魚を好きなのは、おおむね兄の影響
である。今はどこでどうしているか知らないが、家にいた当時の彼は熱帯魚が好きだ
った。だいたい、子供のころ彼に一緒に遊んでもらった数少ない思い出といえば、原
色熱帯魚図鑑のとあるページととあるページを見せられ、「これとこれ、どっちが好
き?」と聞かれる、というものだ。こちとら子供なので色のきれいな魚を選ぶと、
「お前はわかっていない。こっちのほうがめずらしくてすごい魚なのだ」と、枯れ葉
だか枯れ木なんだかわからないようなミョウテケレンな魚を見せられる。彼の好みに
合わせるまで、えんえん続くのだ。どっちが遊んでもらっているんだかわからない。
そんなわけで、当時の我が家の休日は上野の水族館に行くことが多かった。私はとい
えば、動物園でパンダを見せてもらうことを条件に、恐ろしい水族館に嫌々ながら同
行したものだった。恐ろしい? そう。水族館は、恐ろしい。考えてもみてほしい。
身長が1mかそこいらしかない小学校低学年の子供にとって、自分と同じくらいかもっ
と大きい魚だのトカゲだのカメだのが、どれほどグロテスクに見えることか。およそ、
水族館に入ってから外に出るまで、私は恐ろしいものを見てしまわないように母親の
腰にしがみついて目をつぶっていたものだ。
何だか長くなるな。そろそろ仕事に戻らねば。というわけで、この項さらに続く。
- 07/08/1996
喫煙3日目に突入、数えて5箱目。あうぅ。もういやだよう。おうちに帰りたいよう。
で、続きである。
兄は家から5分のところにある公立中学校の体育祭の前時代的なスパルタ式の練習が
嫌だという理由で、通学に1時間半かかる東京タワーの真下にある私立中学校に進学
した。東京タワーの中には水族館がある。必然的に、フィールドは上野の水族館から
東京タワー水族館へと移っていった。同じ水族館といっても、東京タワーと上野では
雰囲気が全然違う。上野が古い学校の理科室みたいなかびくささと恐さがあるのに比
べ、東京タワーは今時のきれいな熱帯魚ショップのようなものだ。水族館への恐怖は
薄れ、さらに成長するにしたがって家族で外出するようなこともなくなり、自主的に
行くほどの関心はなく、兄が家からいなくなると魚それ自体への関心さえ消え……結
果、10年ほどの間、水族館のことを思い出すことさえなかったのである。
この項、さらに明日へ続く。
- 17/08/1996
あーよく寝た(爆)
ってな感じですね。ああっ、気がつくと10日も経っているぅ。すんません。すんませ
ん。この月曜日に仕事が終わって、そのまま夏休みに突入してしまったったんです。
月曜日から真面目に更新します……もう見捨てられてたりして。
で、明日と書いてから10日も経っているけど続きである。これで完結編。
18の歳から数年の間、私は夏に1人で数日間の旅行に出ることにしていた。貧乏学生
の味方、JRの「青春18きっぷ」を利用し、目的地を漠然とだけ決めてふらふらと出か
けていく。確か3度目の旅行だったと思う。その年、自宅の最寄り駅からとりあえず
東京方面への電車に乗ったところまではよかったものの、目的地がまだ決まっていな
かった。その電車の中で、道連れであるJRの一番小さい時刻表の路線図をながめてい
たら、秋田方面に「秋田県立男鹿水族館」なるものが見つかったのである。
そういえば、何年水族館に行っていなかっただろう? ついでに秋田にもまだ行った
ことがない。その瞬間に、目的地は決まった。
長くなるので道中は省こう。ともかく秋田駅から1時間ほどだったか、えんえんバス
に揺られたところにその水族館はあった。雨の平日ということもあって、ほとんど人
もいないさびれた悲しげな観光地。かのなまはげの特大の滑稽な像に見守られながら
中に入る。小学校の理科室のような薄暗さ。そして、ピラルクはそこにいた。2階ま
でのふきぬけのこけむした水槽の中に、巨大でグロテスクな魚が泳いでいる。足がす
くんだ。その水槽は3階の階段から見下ろすこともできた。そこでも足がすくんだ。
その感覚は、子供の頃水族館で感じたそれと似ていた。外に出て、付近に唯一の売店
兼食堂で頼んだ安っぽいチャーシューメンが腹にしみた。バス停に行くと、帰りのバ
スは3時間後であった。私はそのへんの岩にこしかけて(潮が動くと波が近づいてき
たりするので、たまに位置を変えながら)、水族館のトドの鳴声をBGMに低く歌など
歌いながらすごした。
トドは日本海に吠える。雨は鈍色の波の上にそぼふり、そしてバスは来ない。
水族館、かくあるべし。
これが、私が水族館とピラルクに情熱をそそぐようになった顛末のすべてである。ど
の辺がかくあるべしなんだかは聞かないように。とにかくそう思ったんだからさ。
……どうもいかんな。やっぱり感性で書くのは苦手だ。
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とりあえず、仕切り直し(Archive)
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